ラベル ダンスと音楽 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ダンスと音楽 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2010年10月15日金曜日

タンゴのDJに思うこと’2010

前置きはさておき、
タンゴのDJというのは、なかなか奥深い。


そもそも他人の心の奥底をのぞいて、
あそこで踊っている二人の踊りたい曲をかけてやろうなどと
おこがましい野望を抱いてはいけない。


曲と人を知る、そしてタンダを知るということではないかと、今は思う。



<曲と人を知る>


2008年のはじめに「バイラブレ仮説」というのを書いていた。

バイラブレ仮説
http://sacadaenborde.blogspot.com/2008/01/blog-post.html


ここで前置きで述べていることが、少し最近見えてきた。

「踊りやすい」という表現は主観的なミクロな概念であって、
本来一概にどれがどうという話は出来ないはずなのに、
なんとなく共通認識として「踊りやすい」というマクロな概念となる。


どういう人が、どういう曲を、どういう風に聞くか。

現象は少し具体化する。


今考えているのは、次の3つ。

1.適度に、単調な曲




まったくの初心者はメトロノームが一番踊りやすいだろうが、
それなりに踊れる人は、複雑すぎず、単調すぎず。というラインに落ち着くだろう。


2.適度に、動きやすい曲





簡単のため、テンポだけの話にしている。
タンゴの曲平均的には、「半拍で一歩」「一拍で一歩」の感覚がとても大切だと思う。


3.適度に、聞きなれている曲


聞きなれていること。
というのは、それこそ完全に各人の経験なんじゃないかとも思えるが、
私はこう考えることにしている。

ある人があるミロンガに行くということは、
それなりに、そこのミロンガの選曲傾向が好きで、そのへんの音楽に聞きなれているものだ。


補足:日本のミロンガを見ると、このような3タイプがあるんじゃないか、という図。


この人は、あのミロンガでよく見かけるから、こっちの選曲が良いかもしれない。
でも、踊っている相手は、あちらのミロンガで見かけるなぁ。はて?どっちにするべか?

などと延々と思考を続けて、やがて考えが収束するようなところが、ねらい目だ。



<タンダを知る>

さて、短めにまとめるつもりがすっかり前置きが長くなってしまった。
なので、以下、尻切れ気味。


DJやタンダについての文献は多々あるのだが、
基本的なポイントは踊りと同じで、サプライズばかりじゃ疲れるし、無難すぎるのも飽きる。


最近いろいろ試行錯誤してみて、次のようなタンダの分類ができるのではないかと勝手に提案する。


1) Wake-up! Tanda(仮)


「そろそろ起きなさい」という意味を込めて命名。

靴を履いたり、体をほぐしたり、挨拶をしたり。
入場から15分は、なんだかんだ言って割と気分が乗らないもの。

そんな時にかけるタンダ。
あ!踊らなきゃソンソン。
動き出すきっかけになりそうな、会話を殺さない明るめの曲で、有名な曲を重ねるのがよさそう。

メロディ重視よりも、リズム重視の方がよさそう。



2) Transition Tanda(仮)

傾向を変えるときのタンダ。
で、命名。

違った傾向のタンダに速やかに移りたいときや、
生演奏・イベントなどが挟まるとき。

少し、今までと違うシグナルを混ぜる。

展開によって、選曲もいろいろ。
個人的にはトリオとかカルテットくらいの軽奏が好き。



3) Breathy Tanda(仮)

とにかく、動きたい!
そういう輩がいるかどうか。よく見ていないといけない。

いるなら、とにかくハァハァ言わせてしまおう。ほととぎす、ってことで時々使う。

カンドンベとか、速いワルツとか、フォエバータンゴやコロールタンゴみたい系統もこれかも。



4) Calm-down Tanda


しっとりと行きましょう。
メロディ重視の曲とか、30年代前半よりも古い感じ

エレクトリカなんかは、実は割りと落ち着いたりするので、使いどころかも。

生演奏の後なんかは、場合によっては一旦冷やす。



5) Collector's Tanda(仮)

日本だけじゃないと思うけど、
「今日は何だか持ってる曲ばかりで面白くないね」とかいう方がたまにいる。

そういう人には、基本的にコレクションでは適わない。
適度に、コレクター嗜好のミロンガでよくかかる選曲をちりばめよう。



6) Degeneration Tanda

縮退傾向のタンダ。とでも言うべきか。

そろそろムードを変えていきたい、とか、そろそろ客層を若めに。

などと狙っていくよりも、不本意にこういう事態が発生していることが稀に見られる。

明らかに、一部の客層の逆鱗に触れるタンダ、しかも4曲。
ということで、一部の人たちに、ほたるの光がかかっている気分にさせてしまうタンダ。



7) Last Tanda


ラストタンダは永遠に。

とにかく、残っている人向けに、とっておきの玉手箱。


個人的には最後にクンパルは大嫌い。
かと言って途中でもかけづらい。




具体例は、またの日に。

2009年12月26日土曜日

ダンスの演奏 について思うこと ’2009

昨日はクリスマスということで
高場将美さんのギターと峰万理恵さんの「うた」を聞いてきました。

素晴らしい「うた」とご演奏、そして集まられた方々とも様々なお話を聞くなかで
いくつか共感したこと悲観したことなどなどありましたので
今年色々感じたことを含めて備忘録です。


以下のような事を軸にまとめます。

1)そもそも「伴奏」という言葉
2)タンゴダンサーから感じる「伴奏」への欲望
3)踊れないタンゴは、タンゴかどうか?


1)そもそも「伴奏」という言葉

高場先生は『「うた」の伴奏』という言葉を選ばれていましたが、
つまり歌をメインディッシュとした、おかずだったというニュアンスと捉えました。
もちろん、そこにはダンサーなんていないし、いわゆる私達が「うたもの」と呼んで特別視しているような音楽かもしれません。

ただ、やはり聞いてみて強く感じたのは、「伴奏」というのは従属関係ではないのではないか?ということ。
さきほどメインディッシュという言葉を使いながら何なのですが、歌と伴奏で互いに支えあって完結しているものだということです。


2)タンゴダンサーから感じる「伴奏」への欲望

同様に、『「ダンス」の伴奏』という言葉、そういう物なんじゃないかと思います。


ただし、
比較的ダンサーは長年レコード・CDなどの乾き物で踊る機会が多いから、
一般に「伴奏」=「ダンスのためのBGM的?」のような感覚も強いのではないかと、
実際私もそのような感覚を否定しきれていません。

そして「生演奏だなんて踊りにくい」。などと感情も当然そこにある。
それは固定のBGMであった方が踊りに集中できて踊りには都合がいいんです。
それはそれでタンゴの一つの考え方として完結しているような気がしますので、否定はしません。
というより、私も否定できません。

ついでに付け加えるならば、
「Tango Bailable」という言葉、
日本ではダンス向けタンゴ・踊りやすいタンゴ・バイラブレなタンゴ、などと訳しますが、
これもまた妙な言葉ですね。

こういう言葉を使うから、ダンサーは上から目線になったんじゃないでしょうか。

繰り返しになりますが、さきほど1で述べたような「伴奏」の定義に当てはめてみると、
一般にダンサーが求めるタンゴという物と違っていることが分かります。


3)踊れないタンゴは、タンゴかどうか?

ブエノスにいらっしゃる方が言う言葉が絶対だとは思いませんが、

踊れない・踊れるに関わらず、タンゴはタンゴなんだ、という感覚がそこにはあるでしょう。


そして、「タンゴ」とは・・・その解釈として、私の中で揺れているのは、

A-タンゴとは明確な「何か」である
B-タンゴとは結局全てである

という極端な2つ。


そして一方で、「元々のタンゴの発祥はダンス・歌・演奏が三位一体だった」という考え方からすれば、

C-タンゴというからにはタンゴダンスは少なくとも踊れるべきなんじゃないか?

という大前提もあります。


これら一見、支離滅裂に見えるいくつかのタンゴの定義たちも、

私は、さきほどの「伴奏」の定義で、乾き物でない、生の演奏に、
それを完結できる可能性を感じます。


ここで、「タンゴとは・・・」という定義は、先送りさせていただくとして、

少なくとも「ダンスの伴奏」=「踊れる音楽」と言っても問題ないかと思いますが、
つまり、タンゴダンスの伴奏としてのタンゴは少なくとも、踊れるタンゴ、という感覚で良いと個人的に思います。

そして、大切だと思うのが「ダンスの伴奏」=「踊れるタンゴ」≠「踊りやすいタンゴ」ということです。
つまり、ダンスの伴奏をするからと言って「ダンサー様どうぞ踊ってください」という風な卑下した感覚で演奏する必要が全くないはず!

なのに、今現在、ダンサー連中は「ダンサー様どうぞ踊ってください」という音楽を求めている、ということ、

そこに深いギャップがあるんだろうなぁ。


そういう方向性を狙って、2010年はタンゴを追い求めていこうと思いますが、
今オボロゲに考えるアプローチは、次の2つです。

1.ダンサーは、CDなどの乾いた音楽だけじゃなく、生の演奏とのヤリトリを楽しめるのではないか?
2.演奏家は、決してダンスに媚びへつらうことなく、ダンスとのヤリトリを楽しめるのではないか?


難しいだろうけど。

2008年1月30日水曜日

踊りやすい曲を求めて⑥踊りやすさにまつわる3つの仮説

バイラブレ という言葉を
Google ブック検索で探してみた。

さしずめ「ダンス向きの」とか「踊りやすい」、
もしくは単に「ダンス用の」
という用法が多いであろうか。

e.g. Caras y caretas
e.g. Club de Tango

元来、「ダンス向き」「踊りやすい」などという言葉は
その人が思うままの主観的な表現であるはずであって、
それを定義しようとすることはナンセンスに違いない。

にも関わらず、

何らかの過去の経緯を経て

一般的に「ダンス向き」「踊りやすい」だとされる曲という概念について
何となく共通認識が出来上がっているもののようにも思える。

もちろん
タンゴを少し踊ったことある人ならば

そのように「ダンス向き」「踊りやすい」だとされる曲が
本当にその踊り手にとって「ダンス向き」「踊りやすい」かと言うと

そうとは限らない事をよく知っている。

さて

今まで「踊りやすい曲を求めて」と題して
過去何回かに渡ってたわいもないことを書いてみたものの、

やはりそこに「踊りやすさとは・・・」というオチをつけるために
何らかの科学的、願わくば定量的な仮説検証を行う必要がありそうだ、
と言う勝手な結論に達したため、

今回まずは
その土台となる仮説を立てようではないか。
ということで何となく仮説を披露することにした。

賛成意見・反対意見に関わらず幅広くご意見募集します。

「バイラブレ」にまつわる3つの仮説(クリックしてみませう)


※3つ目のはたとえば「速すぎるのはダメ」とか、そういう類です。

2008年1月29日火曜日

踊りやすさにまつわる3つの仮説

バイラブレ という言葉を
Google ブック検索で探してみた。

さしずめ「ダンス向きの」とか「踊りやすい」、
もしくは単に「ダンス用の」
という用法が多いであろうか。

e.g. Caras y caretas
e.g. Club de Tango

元来、「ダンス向き」「踊りやすい」などという言葉は
その人が思うままの主観的な表現であるはずであって、
それを定義しようとすることはナンセンスに違いない。

にも関わらず、

何らかの過去の経緯を経て

一般的に「ダンス向き」「踊りやすい」だとされる曲という概念について
何となく共通認識が出来上がっているもののようにも思える。

もちろん
タンゴを少し踊ったことある人ならば

そのように「ダンス向き」「踊りやすい」だとされる曲が
本当にその踊り手にとって「ダンス向き」「踊りやすい」かと言うと

そうとは限らない事をよく知っている。

さて

今まで「踊りやすい曲を求めて」と題して
過去何回かに渡ってたわいもないことを書いてみたものの、

やはりそこに「踊りやすさとは・・・」というオチをつけるために
何らかの科学的、願わくば定量的な仮説検証を行う必要がありそうだ、
と言う勝手な結論に達したため、

今回まずは
その土台となる仮説を立てようではないか。
ということで何となく仮説を披露することにした。

賛成意見・反対意見に関わらず幅広くご意見募集します。

「バイラブレ」にまつわる3つの仮説


※3つ目のはたとえば「速すぎるのはダメ」とか、そういう類です。

2008年1月13日日曜日

踊りやすい曲を求めて⑤Miguel Caloを聞く

個人的には
踊りやすい曲といえば
Calo か Biagi かと思っていますが、

これがなぜ踊りやすいか?
と聞かれると

はて?
まぁリズムがはっきりしていて・・適度にメリハリがあって・・
などとあまりはっきりしたことは言えないわけであります。

とりあえず
曲のスペクトルをリアルタイムに見れる FFTWave というソフトがあったので
Miguel Calo の珍曲 Ya Sale El Tren のスペクトルを取ることにしてみました。

まずはご覧下さい。

※縦軸はオクターブ(上が低音 下が高音)、横軸が時間、色は赤が強い音です。



ポイント1:笛~走り始め
Miguel Calo:笛~走り始め

笛が鳴って汽車が走り始めるという出だしの部分です。
笛のスペクトルが、ほぼ単音に近いのが分かりますか?

一方、それにつづく汽車の走り初めが、ピアノ・バンドネオン・ピアノ・バンドネオンとつづいて行きます。
ピアノとバンドネオンは、両方とも同じような倍音の性質があるように見え、
特にピアノは一音だけでもかなりの存在感ですね。

踊り手としては
単純に一歩一歩進んでいく感じになりそうですが、
少しずつ早くなって汽車並みのスピードに達するので
まじめにやってしまうとバカみたいに早いステップになってしまいます。

このへんがまず踊る側としても面白さがある部分でしょう。

適当なタイミングで
きっとポーズしたりアドルノしたりでもしているの雰囲気でしょうか。

ポイント2:バイオリンの調べ
Miguel Calo:バイオリンの調べ

この部分は、バイオリン・合奏・バイオリン・・・
という感じのパートとなっています。

バイオリン音は
ほとんど単純音に近いけれども
独特の倍音が重なっていることが分かります。

また、単音パートと合奏パートの音の広がりだけみても
まったく別の特性が繰り返されていることが分かります。

踊り手として
これだけメリハリがあれば
動く時間や動かない時間だけでなく
ゆっくりな動きを楽しめそうです。

個人的に
バイオリンの旋律は
低音→高音 よりも 高音→低音となる音の順序のタイミングで
”ふっ”と体の力が抜ける動きになり
自然にタンゴのカミナンド始めにつながるような傾向があります。

まぁ多分これは踊り手の好き好きでしょう。

ポイント3:声の衝撃
Jorge Ortiz 声の衝撃

この部分、何か様子が変わりました。
さきほどのバイオリンパートから一転、人の歌声が入ってきました。

Jorge Ortiz という人の声らしいですが、
歌・合奏・歌・合奏・・・という展開です。

バイオリンに比べて随分根太い存在感を示していることが分かります。
これだけぐっさりと可聴音域に入って来ていると
いやでも脳が動きます。

踊り手としては
声のないパートに比べて、
ルーチン化されていない音の揺らぎが
踊り応えとなっているように思えます。

また、歌声の出し方によっては
バイオリンのように柔らかいスペクトルを出していたり
強い存在を示していたり
踊りの強弱のようなものを実は支配している可能性も感じられます。

ポイント4:曲の消えざま曲の消えざま

またこのタンゴの曲も
憎らしいほど切ない終わり方をしています。

踊り終えた安堵感のようなものが
自然に曲から与えられている気がします。

ポイント5:他にもたくさん
挙げ始めたらキリがないのですが・・・

ピアノの高音部分の遊び
ベースの歩き
バンドネオン・バイオリンのバリエーション
canyenge

重厚な音の重ね具合
刻みの途切れ具合
旋律の途切れ具合
テンポの揺れ具合

何かしら
無意識的に動いてはいるものの

踊りに影響を与える要素が
実は多く隠されていることが
よく分かる。

使用したソフト

サウンドモニター FFT Wave
http://www2.tky.3web.ne.jp/~nozu/fftwave/index.html

画面動画キャプチャーソフト CamStudio
http://nonn-et-twk.net/twk/CamStudio/