2015年2月14日土曜日

関西のダンスイベントに出かけて思ったこと~2015年1月

何度か書いている通り、2015年1月は成人式の前の日、3連休の中日に大きなダンスイベントが関西で行われるということで出かけてきた。

先にも書いたけれども、大阪市の中央公会堂で開催されたCafetin de Buenos Airesの7周年ミロンガを含む週末は、とても良い感じにまとまっていて、この先も関西のタンゴシーンは盛り上がっていく(だろう)という片鱗を垣間見たので、もう少しその記憶をとどめておきたい。

日曜日のミロンガは、かなり大きな会場で開催されてたくさんの人があちこちから集まる大きなイベントでありながら、緊張感があって気配りの効いた良いイベントだったと、今になっても思える。なんだか東京では懐かしい雰囲気・・・まぁそんな話はいいとして。

Cafetin自体には時々出張があるときなんかにたまに遊びに行っているのだけど、特別イベントということもあってどんな人が来るのか。純粋に一年に一回の集いを楽しみましょう、ということなのか、きれいな会場なので久々にタンゴでもやってみよう、ということなのか、とりあえず友達に誘われていく、ということなのか、実際のところは分からないけれども、関西付近のダンサーが多く集結しただけでなく、関東や名古屋・九州などから多くのみなさんが集まっていた。

実際に、ここ7~8年で名古屋、新潟、福岡と言った町では他所の町からの来客を見込んだイベントも確立され、他にも広島、札幌、仙台、大分というような場所でも試みが続いている。ぜひ関東も今一度、横浜やら山梨やら群馬やら、近隣とそういったつながりのある町の賑わいを取り戻してほしいと思う。


さて、中央公会堂ってところは、大きい大きいと言われて来て、実際に天井が高くて壮大な場所。初めての場所なんだけど、なんだか受け入れてくれている雰囲気で良い。テーブルは柱に沿って一重で比較的誘い安く、フロアの大きさも人数に対して十分に広く、これぞオープンなフェスティバルにふさわしいと思えた。選曲も無難に良い感じで、あまり普段は踊ったことのないようなみなさんと次々と踊るのにとても良かった。

個人的に反省したいのは、結局イベントで現地の新しい人たちとはほとんどの人とは喋らず仕舞いだった。なんとなく、やはり名古屋やら福岡やら知り合いがたくさんいたので、挨拶がてら立て続けに踊ってるうちにあっという間に踊る時間が終わってしまった。もう少しがむばって現地の人とたくさん交流すれば良かった、と今更ながらに思う。大きなイベントが終わってからも、Cafetinでアフターミロンガなどもあったのだけれども、そういうミロンガに行っていれば、より楽しめたのは間違い無いだろう。せっかく自分の住んでいない町に行くんだから、そこのおいしいものやきれいなものと、たのしい人とのひと時が味わえるのが良い。



ご存知のとおり某大都市東京では、イベントの数が多すぎるせいもあってか、毎週末どこかでスペシャルイベントのようなことが行われている。

大物ゲストが来たとかデモがあって1000円プラスされるなどというのは当たり前で、そうでもないときは誰々の誕生日やら行ってらっしゃい・おかえりなさい系のイベントで何かしら集客をしようとしてイベント内容は飽和しきっている。スペシャルイベントということで、いつも決まった身内的で裕福な取り巻きたちが渡り鳥のようにお金を落としてくれるイベントばかりになっている。開催側も、ずいぶんと露骨に決まった常連客を優先しているので、少し部外者的に出かけると疎外感を受けるかもしれない。


逆に言えば、そういう不特定多数で踊りあうというようなサロンのシステムへの主催者側の関心が薄れ、本来の音楽やダンスなどの本来楽しみたいところの品質が全くナイガシロにされている。そんなところは、なんとなくゲストダンサーやらDJやらを外から金で買ってアウトソースしておけば良いダンス場が買えるとでも思っている安易な主催者たちもいるのではないだろうか。

結果として、異国から東京にやってきて、夜ふらっと出かけて踊りを楽しむべくダンス場は、本人たちの全く知らされていない要因で閑散としていたり、妙な内輪感満載のムードでにぎわって本来の飾り気の無くにぎわっているべきのダンス場ではなかったり、そんな具合だ。商売として、マーケティングとして、そういう理屈だけでタンゴが取り扱われていくと、この先さらにこんな傾向は助長されていってお先真っ暗だ。そんなところを「連盟」やら「協会」やらに期待していいのか?それともやはりアマチュアじゃないとできないのか?

最低限これだけは言っておきたい。

イベントを無秩序に重ねないで!

そして年に一度のフェスティバルを開催しようとしても、無数無派の商業的なグループがまとまりきれずに、他のスタジオが同日イベントでつぶしあうような残念な結果となってしまっている。こういう大都市のタンゴエコシステムが半壊してしまっている関東のタンゴにこの先希望はあるのか?そういうネガティブな状況にどう対応していくべきか、ということについてはまたいずれ、時間を作って書いていきたい。


かなり脱線してしまったけれど、幸いなことに、関西のイベントが楽しめるものだったということ、そこに大きな希望がある。

タンゴのダンスを楽しもうとしているダンサーたちもたくさんいるんだよ、ということ。
こういう普通の人の普通の気持ちを見捨てないで、これからもタンゴが末永く楽しめますように。

そして、将来日本でどこにでかけてもこんな風に楽しめる、ソウルや台湾や香港もいいけど、たまには東京や大阪にふらっと、出張ついでも踊りにいってみようよ、そんなことって素敵なことなんだと思う。

2015年2月8日日曜日

ダンサーから聴く音楽祭~2015年1月

日本でも、ミロンガのようなダンス場では、おなじみの楽団のおなじみの曲がかかったらダンサーは待ってましたとばかりに相手を誘って踊りに耽るものだ。

表立った言葉は出なくても、ダンス場のあのときの一体感はミロンガの醍醐味であって、ダンサーにとってはタンゴに求める最も美しい瞬間だろう。そこでは、懐かしさであり良心であり悲しみや喜びであり、ひとつの音楽や歌を通して共感するような何かを媒介としてダンス場を楽しむことができる。

こういう時の共感した場が盛り上がるというような、この現象を表現するにふさわしい言葉を、しばらく求めてきたのけれど、それはカデンシアなのかグルーブ感なのか、はたまた日本人にとっては祭りやカラオケで時折得られる一体感や甲子園での阪神タイガース応援みたいなものなのか、未だにふさわしい言葉はみつからないけれども、その場の濃厚な空気の震えみたいなものが、そこの場にいる一人ひとりによって高めあわれていくことで、そんな瞬間が確かにある。

もちろんコンサート会場でもそれに似た一体感が得られることがあるし、それはダンス場の人たちのやり取りとは手法が違うにせよ、すぐれたクラシック音楽やロックやジャズや民族音楽なんかを奏でる奏者とそれを求める聴衆の間で創られていく雰囲気。そんなものをコンサートやライブに求めていくもの。

だけれども、ダンス場のタンゴダンサーがタンゴ音楽に求めるものと、タンゴコンサート会場の聴衆が求めるタンゴ音楽が違うから、タンゴのダンス場で得意満面にピアソラを演奏されても盛り上がらないし、そんな状況をぼくらは何百回も見てきたし、生演奏なんかよりCDをかけた方がマシなんだと思ってるダンサーを多く知っている。もちろんタンゴを聴くためだけで踊らない人がダンス場に金を払って音楽を聞きにくることなんかもない。ダンス場とコンサート会場では、そもそも能動性・客観性・既知性・マクロ性などに大きな乖離があるので、元々仕方ない。そういう別々のものとしてヒトククリにして終わりなのか?

ダンスと歌と生演奏の三位一体・そんな架け橋を夢見ていた、石川浩司さんとお話をしたときからもう10年近くなる。せっかくタンゴ音楽で独自の長い歴史を持っている日本で、なぜこんなことになっているのか。

大きな希望、それは、なぜブエノスアイレスから来た楽団はダンサーが聞いても違和感無くダンスを思い描きながら聴けるのか?ということ。そして今日本でもダンス場で引っ張りだことなっている楽団もある。

今日は、ダンサーの目を通して、とあるコンサートを聴いた時に思ったことを書いてみようと思っている。



2015年1月12日、6楽団と多くのタンゴファンがかけつけてやまと郡山市で行われた奈良タンゴ祭。

主催のくるみさんや発案者のバンドネオンの北村さんのお父様を中心に、やはり企画に1年以上かかったそうなのだけど、やまと郡山市のバックアップもつき、ホールいっぱいに集まった聴衆からの大喝采に終わった。3時間あっという間で、次回以降も大いに盛り上がるだろうと、勝手に期待してみている。

楽曲的には、トラディショナルタンゴよりも現代タンゴが多めで、楽団によって、聴衆との掛け合いの違いが見られて面白かった。それぞれの演奏についてはラティーナに掲載されている清川くんの記事をごらんいただいてると思うので割愛するとして、私なりのダンサー目線で書けることを書いてみよう。

今回は、ダンサーにはおなじみの楽団や奏者が出演されていたこともあって、タンゴの楽曲の中にあるそういうグルーブ感がコンサート会場でどう展開されるか、ということにも興味があって、聴く人・ダンサー半々のモードで楽曲を聴いてみることにした。

ダンサー気分で聴けそうな楽団や曲はそう聴けば良いし、そうでなければ純粋に演奏や歌曲として聴けば良い、というだけ。純粋に歌曲として聴くならば、それぞれの楽団、個性とメッセージがあって楽しい。それがオムニバスで6楽団も盛りだくさん、すばらしい。


ところが、ダンサーとして聴くときには何故その感覚がそれを邪魔するのか?
素直にその良いと思える感覚、たとえば表現や技巧をそのまま評価できなくなるのか?

変な言い方になるけれども、ダンサーとしてタンゴを聴くときと、純粋に演奏としてタンゴを聴くときに何が違うのか?ということ。

当たり前のことだけれども、念のため言葉にしてみるならば、ダンサーが刻みや旋律を聞いて、フレーズの流れや音の飾りなどを鑑みつつ、ダンスを踊るリーダがフォロワーの動きに変換する。リズムを踏み、加速度を呼び、回転を巻き起こし、時には静止をし、ダンス場との共鳴を育む。

というような一連のダンスロジックを作るために、プラスになるオカズやマイナスになるお邪魔なものがあるということ。


とりあえず、先入観を捨ててダンサー気分で聴いてみてハッとして目覚めてしまった瞬間を挙げてみよう。

・リズムが途切れる
・単調でブレイクが少ない
・ソロが長い
・展開が読めない
・遅すぎる(または早すぎる)

逆に言ってみれば、そんなに超絶技巧でなくても良いので、こういうポイントさえ無いように編曲しておけば、そんなにダンサーとしても違和感が無かったのではないかと思える。

また細かい部分はいつか書くとして、以前、ダンサーとして楽しむための音楽について、三つの条件を挙げたことがある。(2008年)
http://sacadaenborde.blogspot.jp/2008/01/blog-post.html

1)既知であること
2)飽きのこないこと
3)身体的に踊りやすい

この2と3なんかは、上にハッとして目覚めてしまった瞬間と通ずるところがある。

1の既知性の基準としては、仮にコピーかオマージュか(またはパロディか)という分類をするならば、ダンサーは全く初めて会うようなダンサー同士で踊ることを想定するので、一概によく知られた音楽の徹底したコピーを求めている。また、一部の気の合うダンサー同士については知識共有をベースにオマージュ形式の楽しみもあるかもしれない。

トラディショナルタンゴを題材としている曲について、特にプロ楽団については、ダリエンソやディサルリスタイルと言われるいくつかのコピーバンドの演奏を除けば、ほとんどは少人数編成で独自の編曲を行うオマージュ演奏となっていると考えられる。今のデュオやトリオ形式でトラディショナルタンゴをダンサーに咀嚼できるように編曲するのは難しいだろうけれども、そういうものに巡り合える瞬間はやはり感動だ。

楽団が演奏する楽曲がどんな曲のどんなオマージュなのか。どんな楽団の持ち味を表現して、楽曲やそのルーツをどういう風にレスペクトしているのか。はたまたダンサーに対してどんな盛り上がりを期待しているか、そういうところが専ら楽しいところなんだろう、と思うし、それがタンゴが音楽として踊りとして歌として成り立つ奥深さなんだと思う。

ただこれらはダンスをやっているからといって身につくものではなく、時には口ずさみ、歌い、色々な人生のバックグラウンドをおかずにして、人それぞれの解釈でタンゴを骨までしゃぶって楽しむということなんだろう。

さらにピアソラや現代タンゴのオマージュを、ダンサーがどう楽しめるか?というのは、トラディショナルタンゴとは背景が違うから、一概にダンサーの感覚でどこまで受け入れて楽しいものなのか定かではないけれども、そこからやはり何か一歩踏み出す必要があるだろう。こういうこともやはり長くなるのでまた別の機会に書こうと思う。

奈良タンゴ祭のように複数の楽団を一度に並べて聞くような贅沢はそんなに味わえることではないけれども、純粋にタンゴを演奏として聴いているだけでなく、独特なタンゴの奥深さを嗜むためにふさわしいような、そういった今後の発展があれば、より良いと思うし、ぜひとも、今回運よくタンゴ祭に足を運ばれて、ダンスはまだ踊ったことがないという方がいらっしゃるならば、来年はダンスを少し嗜まれて、違ったタンゴの側面を垣間見ながらタンゴ祭を楽しまれてはいかがかと思う。

2015年1月31日土曜日

関西の週末~2015年1月

先週(2015年1月10日~12日)の週末、関西を訪れた。

今回のたびの目的は完全にタンゴがメインあとは観光。
まず10日、奈良のやまと郡山で行われる奈良タンゴ祭という音楽祭を皮切りに、神戸・芦屋のミロンガや大阪の中央公会堂で行われるカフェティンの7周年ミロンガにも出かけるプラン。

総じて言うならば、3日間、純粋にタンゴを楽しむ機会に恵まれ、現地のみなさんと交流できて新しい友達もでき、現地のおいしいもの・きれいなものを堪能できた、思い出に残る週末だった。

個人的に思うには、週末のタンゴフェスティバルと言うのは大きなリユニオンイベントだけでなく普段の現地の様子が感じられる、そこそこのバリエーションがあって、ハレもケも両方適度に色々味わえるものが良いと思う。こんな週末だったら、また来てみたいって思うかな。

それから、今後考えていきたいことなどもいくつかできたので、ここに整理しておこうと思う。

1 週末の主な行程(*今回のお話はこれ)
2 ダンサーから見た音楽祭
3 大きなダンスイベント
4 関東との違い



1 週末の主な行程


10日は3連休の始まりということもあってか、新幹線は満席、名古屋まで自由席に座れずに立っていく。


京都では金閣寺などを駆け足で見て、おばんざい食べ放題。京都での散策中トランクは駅で400円で預かってもらった。


3時間くらいの観光をして、近鉄の橿原神宮行きの急行に駆け込む。


やまと郡山の駅からトランクで急ぎ10分、郡山城のとなりのある大和郡山城ホールが会場。なかなか大きなホール。すでに1階席は満席、2階に座る。関西で踊る人はほとんどいないようだ。観客よりも出演者の方が知り合いが多いって感じのイベントとなったけど、逆にこういうタンゴに初めて接する人への反応を見るのは楽しみだ。

出演者の時間割について、1部・2部の始まりドゥオが入り、注目のコンフントでつないで、3組目はトリ。東京タンゴ祭と違って、各人が喋ることが許されていて、より各楽団に親しみをもてる構成だったと思う。


大喝采で終わった音楽祭。出演者のみなさんとお話してしばしのお別れ。これから2時間かけて神戸・三宮のミロンガへ大移動。ワイワイとしゃべりながらなのであっという間。


キタノサーカスに向かう前に生田神社の裏にある天竺園というところで餃子を食べる。普段ならミロンガ前に餃子は控えているんだけど、関西の女性陣はバクバクと食べている。


キタノサーカスはシュウエケ邸の前にあるお店で、喫茶のオーナーが切り盛りをしている。いつもならエルネストとリカがいるんだけど今回はホセルイスという一度見たら忘れないような風貌のダンサーがエルネストの代わり。チズコとマキシも遊びに来ていたし、東京ミロンガをやっていたアサノさんもいて懐かしかった。ここのミロンガは若干選曲が玄人向けだけど、個人的にはいつも満足できる。


最後はチャカレーラとロックンロールがかかって終わり。帰りは、現地の車で来ていた方にホテルまで送ってもらった。


11日は朝から神戸の中華街。


甲子園口でたこ焼きを焼いたりしているうちにあっという間に夕方。


この日は、大阪にあるCafetin de Buenos Airesというお店の7周年記念ミロンガで、なんと大阪市で一番大きな中央公会堂大ホールでのイベント開催。始まる前にカフェティンの近くのカフェで時間をつぶそうとすると、ゆかこさんをはじめ10人くらいのスタッフの人たちが会議をしていた。さすがに壮大な場所でのミロンガだけあって大掛かりだ。


実際に中央公会堂に出かけてみると、圧倒的な天井の高さ。これはゴージャスと言える。10数本の大きな柱の脇にはテーブルが一重に並ぶ。名古屋や福岡、関東や四国からも人が来ている。関西って日本の真ん中なんだな、と感じる。近隣の町からふらっと足を伸ばせる位置関係、そして人間関係。こういうのを大切に築いてきたんだろう。DJもニューヨークで鍛えられた人でなかなか良かった。
イベントの様子は、また第3話にて。


大きな感動で終わった中央公会堂のイベント、さらにアフターミロンガがあるので行こうと思ってたんだけど、みながご飯に行くというので食事に。ゆかりんや関西のみなさん、なぜかいわつなおこさんも加わって、タンゴ話にふけっているうちにもう帰る時間。そのまま梅田経由で三宮へ。


12日は時間があればロープウェイで六甲山にでも行ってみようと思ったけど、案の定断念。散策して神戸の古い教会で朝食を取る。宿でしばし時間をつぶした後、芦屋へ。


月一回開催されているジミーレストランには今までなかなか来れなかった。ジミーさん自らが前日のデモ中も考えて調理をしたという料理をいただく、食いすぎてもう動けなくなったんだけど2タンダじっとして踊ることにした。いつもレストランを楽しみにしているみなさんが集まって、ワイワイガヤガヤと踊りあって楽しんでいる。


ジミーさんの選曲は、いつも的を外さない。DJ誰々ということが大切ではなく、その会を楽しめることが大切で、主催者の役割だ。ここに来ると、それをいつも感じることができる。


あっという間の関西ツアーも終わり、それぞれ帰途につく。


次回は音楽祭などの考察などをば。