2011年4月9日土曜日

タンゴ の 壁 ~ ラテン と タンゴ のこれからの交流について

サンバでもジャズでもレゲエでもタンゴでも、とにかく私は音楽に合わせて体を動かすことが好きなので、タンゴ以外のダンスも挑戦することにしています。

いろいろやっていくと、そのダンスに潜む共通のルーツみたいなものが感じられ面白いのですが、どうも最近気づいてしまったのは、タンゴってのはそういう他のダンスから見ればかなり外れた存在なんだ、ということです。


どうもこの先タンゴに新しい人は増えていくのかな?と不安になってしまうこともあります。

最近のタンゴイベントには「ラテンのノリ」みたいなものもどんどん感じられなくなってきました。

集まる人の性格のせいでしょうか? 音楽の雰囲気のせいでしょうか? それとも気のせいでしょうか?


サルサの催しではメレンゲやバチャータやもっと色々な音楽はかかるもののタンゴがかかることはまずありませんし、タンゴとサルサを別々に両方楽しむ人というのも一昔前ほど多くありません。



ここのところ色々あって日記を書いてませんでしたので、書きたいことを少しまとめてみたいと思っています。


今日の日記では、

タンゴとラテンがもっと交流を増やせないものか?

たとえば、私ができることとしては、

もっとタンゴの人が他のラテンイベントにもっと足を運ぶようにならないものか?
そして、サルサやサンバやフォルクローレなど他のラテンダンスの人がもっとタンゴにも興味を示してくれないものか?

そんな願いを書いてみたいと思います。



1)そもそもラテンって・・・・

「ラテンのノリ」などと言ったときには、ラテンな国々の何となく陽気なイメージを思いつきますが、みなさんにとっては、「ラテン」という言葉はどのようなものでしょうか。


そもそも「ラテン」という言葉は、古代ローマを中心とした時間的にも地理的にも限定されたモノを表す言葉のようですが、

「ラテン音楽」とこれに音楽をつけた場合は、もっぱらラテンアメリカ音楽のことを指すようです。人によってはジプシーキングスみたいなものもラテン音楽と呼んだりしますが、何となくそのへんの音楽ということで、詳しく書くとボロが出るのでやめます。

また「ラテンダンス」とこれにダンスをつけた場合は、「ラテン音楽」と同時に生まれたダンスのことを指す場合もあったり、社交ダンスのように南米をルーツにするダンスをモチーフにしたものを指す場合もあれば、時によってはアラブ由来やアフリカ由来のダンスなどとごっちゃになっていたりもします。


いろいろあるのはすでに皆さんもご承知のとおりですので、
今日は、日記のためにかなり強引に、次のように定義してしまいます。

 ラテンバーでかかる音楽の総称が「ラテン音楽」で、
 ラテンバーでかかる音楽に合わせて踊る踊りが「ラテンダンス」。


2)ラテンバーでかかる音楽

では、その「ラテンバー」とは何でしょう?

さっそくGoogleで「ラテンバー」を検索してみました。

100件くらいまでインターネットで調べていただくと分かりますが、
だいたいほぼ全てサルサを踊れることを主に謳っているサイトです。

ちなみにサルサ以外にタンゴも謳っていた「ラテンバー」はトロピカーナ(昨年閉店)とキューバンカフェくらいでした。

そう、キューバンも来週でおしまいですね・・・


このように日本で「ラテンバー」と言えばサルサの踊れるバーだと言っても大げさではないということでしょう。
そして、ラテンバーでかかる音楽とは、間違いなくサルサを踊る人に好んで踊られる音楽ということになるのかもしれません。


そういうお店に実際に運べば、
サルサというジャンルの音楽に限らず、
メレンゲ、バチャータ、レゲトンみたいな物は必ずと言ってもいいくらいかかっているようです。

海外はどうか知りませんが、日本では他に、
ズークなどブラジルダンスの催しでサルサが流れたり、
サンバのペアダンスであるガフィエラの催しでサルサが流されたり、
West Coast Swing のパーティでもサルサは頻繁にかかっていました。

サルサを混ぜるイベント全てが同じ「ラテンバー」だと考えるのは乱暴ですが、少なくとも、初心者にも優しく、いろいろな音楽でいろいろなダンスを楽しんで、喋ったり飲んだりという本来の楽しみを第一に求めていく点で共通しているように思えます。

※もちろん、ある程度ダンスを限定したイベントもあると聞いています。


実際に、このような催しで色々なダンスが混ざっていることについて意見を聞いてみると、だいたい以下の3つがあがります。

・サルサ・メレンゲ・バチャータはラテンダンスの共通語
・たくさん踊れたほうが楽しい
・サルサは人口が多いから


3)タンゴは ラテンと何が違うか?

一方で、フラメンコやタンゴ、フォルクローレの集いなんかになると、サルサや他の音楽はほぼゼロになります。純粋にその音楽に専念しているパーティと言えそうです。


たとえば、このようなタンゴバーが「ラテンバー」でない、と言うと語弊があると思いますが、
先に挙げたように「ラテンバー」では、まずタンゴはかかりません。


逆に言えば、そういう催しが成り立っているということは、
タンゴだけで(が)面白いと思う人が多いので、敢えて難しいと分かっている「ラテンバー」的にやる必要が無い、
という一面もあるかもしれません。


フラメンコやインド舞踊なんかで陶酔している空気に、たとえば突然サルサを混ぜたら?

何となく雰囲気を壊すことが予想されますし、敢えて混ぜるメリットがなければ当然寒いだけです。

だから、そういう比較的対象を限定したパーティは「ラテンバー」とは別のパーティと定義してもいいのではないかと思います。


5年ほど前にはタンゴのパーティでサルサがかかっていましたが、今はほとんどかからなくなったということも我々は見てきました。他にフォルクローレを少し混ぜるタンゴパーティも今はあまり見られなくなりました。

かく言う私も、タンゴを踊るならタンゴだけに集中したいと思うことが多いので、少なくともそういうイベントは無くなって欲しくありません。

そんな今では、タンゴの人は、タンゴのパーティで他のダンスが混ざることに冷ややかですが、
サルサの人のように様々なダンスを嗜んでいる人は、タンゴを選択肢の一つとして考えてくれるのかな?それともそれはそれで難しいのでしょうか?

たくさんの踊りを楽しもうと思っている人がサルサに多いという直感が正しければ、
サルサを踊る人がタンゴのような他の踊りを踊り始めることと、タンゴを踊る人がサルサを踊り始めること、その2つの意味合いはかなり違います。

そして例えば、サルサとタンゴの交流を増やすということについて考えると、サルサの人がタンゴを踊ってくれることばかり考えているだけでなく、タンゴの人がサルサを新しく踊るようになる考え方がないと、サルサの人にとって良い交流とは言えません。



一方で全く文化の土台が違うとはいえ、アルゼンチンのミロンガでは合間にかかるクンビアやロックンロールでみんな踊り狂うわけです。そして、北米でかかるようなスィングやサルサもそう。

日本では特に、そういう他のラテンダンスとの共通項を見出すダンサーが少なくなっている傾向を感じています。



私は最近そういうラテンダンスとタンゴダンスが具体的に何が違うのか眺めて来ましたが、次のような3つの違いに集約されるような気がします。

ラテンダンスとしてのタンゴは、この先どういう交流を作っていくことができるのでしょうか?
その足がかりとして、さきほど挙げた3つの違いを見ていくことにします。

A) ダンススタイルの違い
B) フロアシステムの違い
C) ライフスタイルの違い

そういう違いがあるから、
タンゴバーでは、サルサなどでは成り立つような「ラテンバー」的な催しが難しいのだと思われます。


※注
ちなみに以下、ラテンバーでかかるような主にスペイン語圏のポップス、ブラジル・アフリカンダンスの一部を併せて、「ラ」とヒトククリに書かせていただいております。サルサと一緒にするな!と思われる色々なダンスを嗜まれるダンサーさんがたくさんいらっしゃることと思いますが、あくまでもラテンバーでごちゃまぜにDJがかけていることをだけ観て私が受けた印象をベースに勝手きままに書いております。予めご了承ください。
タンゴは「タ」と書いています。そしてその下に「タ→ラ」と書いているのが、タンゴの人がラテンダンスへ手を出す上での、私の考える留意点みたいなところ。「ラ→タ」と書いているのが、ラテンダンスの人がタンゴに手を出す上でのそれです。

以下は、ラテンダンサーとタンゴの交流を深めていきたいという同じ思いの人への、私の勝手きままなコメントです。
お時間のある方はお読み下さい。


4)ダンススタイルの違いについて

「ダンススタイル」とここで書いているものは、ダンスの形や動きに起因する現象、そして一人あるいは二人に表れる性質です。


<周期性>・・・×(かなり違う)

ラ)サルサ・バチャータ・ガフィエラ・ズークでは4拍・8拍・32拍というところで一つのステップ周期があります。むしろ、ラテンバーでかかる音楽・かからない音楽の差はこの4拍が聞き取りやすいかどうか&踊りやすいテンポじゃないかと思います。

タ)4拍子のタンゴと2拍子のミロンガは無周期的に踊られます。ヴァルス(ワルツ)でも3拍子に捕われるように習いますが基本的に無周期です。タンゴの中級者にもなれば、4拍・8拍・32拍というフレーズの流れを何とか踊りに表現しようとします。フレーズ感という点で共通した感覚はあるのだと思います。

☆この違いをどう考えるか

タ→ラ)タンゴだけを踊る人がこの「4拍」へ挑戦することは、はっきり言って地獄の苦しみだと思います。タンゴの人がそのような拍を楽しむようになる、何か魅力的な考え方が必要だと思います。海外の方はどういう風なんでしょう?

ラ→タ)逆にラテンダンスの人が「4拍」のしばりを外すこと、また別の難しさがあります。しばりのステップがないから、じゃあ何をもって踊ればいいの?ということになります。「止まる」ことへの抵抗についても、何かしらの策が必要です。



<音楽の曲調>・・・△(やや似ている)

ラ)全体を把握しているわけではありませんが、長調が多いというのは間違いないと思います。

タ)タンゴには短調がやや多い気がしますが、ミロンガでは長調が多い?



<音楽のテンポ>・・・○(かなり似ている)

ラ)4/2や6/8もあるので一概に言えませんが、4/4のラテンダンスのテンポは割と近いと思われます。

タ)タンゴ・ヴァルス・ミロンガそれぞれかなりテンポは均一で、おそらくラテンダンスと同等だと思いますが、実際に比べたわけではありません。



<動きの速さ>・・・×(かなり違う)

ラ)動きについても、それぞれ全く違うので一概に言い切れそうもないのですが、それぞれのダンスに合理的な動きと音楽の味わいがあります。ただ、一拍一歩や三歩一休のペアダンスについては、テンポが同じだとステップの速さも同じくらいになるのだと思います。サンバとかめちゃめちゃ速いですけど。この前やったアシェ(ブラジルのエアロビ?)というやつはペアダンスじゃないですが速くて面白かったです。

タ)ミロンガとヴァルスについては他のラテンダンスとほぼ同等だと思いますが、タンゴについては止まっていることもあるのでかなり違うということになります。ヴァルスとミロンガについては、こういう点でラテンバーですんなりと受け入れられる日々も想像できます。

☆この違いをどう考えるか

タ→ラ)日本人が英語を習うときのように、速い周波数に慣れましょう、ということかもしれません。

ラ→タ)さきほども拍のことに触れたときに考えましたが、止まることとゆっくり動くことはタンゴの醍醐味でもあるので、この味わいをうまく伝えないといけません。



<曲の楽器感>・・・×(かなり違う)

ラ)同じくそれぞれルーツが違うので一概には言えませんが、ラテンバーでかかるスペイン語圏のポップスだけを聞いてみると、楽器感がある程度近い印象があり、ボンゴやらコンガみたいな音にベースでリズムが脈々と刻まれています。また、ヒトククリにしてしまうといけないのですが、ブラジルの音楽は楽器感がかなり違います。

タ)タンゴ・ミロンガ・ヴァルスについては、多くの場合ラテンバーのそれとは異質です。クラシックを弾くような楽器がメインで、ラテンバーやブラジル料理屋でかかる音楽とはだいぶ質感が違います。タンゴの音取りと質感についてはまた思うところがあるので他の機会に。

☆この違いをどう考えるか

タ→ラ)こればっかりは音楽性が合わないなどと思う人にはしょうがないかもしれませんが、タンゴ人にも打楽器で眠れるラテントランス状態が覚醒してくれる人がいるでしょうか。ラテンよりもブラジル音楽の方が普段から聴いているという人は、そっちの方が楽しいのかもです。

ラ→タ)<調査不足のためコメントできず> 質問:サルサとか踊る人は、タンゴの演奏ってどう思うんでしょう?古臭いとか?



<曲の年代>・・・×(かなり違う)

ラ)言うまでもなく近年のポップスが主体という印象がありますし、古いと言ってもLP時代のような気がします。逆に他ジャンルの古い音源を踊ってみたいので、古い音を選ぶパーティがあれば教えてほしいです。

タ)タンゴは1950年より古い曲、特にLPの前のSPの時代の音源が主体で、そのへんは他のダンスの方々からするとクレージーに映るところだと思われます。しかしながら、踊り向きのタンゴは1940年代が商業も技術もピークだと言われるくらいです。日本には特にコレクターが多いので、ブエノスよりもやたら古い音源なんかもかかるパーティがあります。もちろん現代タンゴやピアソラなどを好むDJもいます。

☆この違いをどう考えるか

タ→ラ)ブエノス崇拝とレトロ崇拝みたいな感覚が元々ある人は、ちょっとサルサバーとか始めは馴染めないかもしれません。ポップスに耳慣れしている人が向いているのでしょうか。

ラ→タ)楽器感と年代が違うと、音取りの質感がだいぶ違います。やはり聞いて好きかどうかでしょうけど。幸いヌエボタンゴというジャンルもありますので、そちらも良かったら探してみてください。



<アブラソ(抱擁)>・・・△(やや似ている)

ラ)アブラソの形についてはラテンダンスのどれも共通と思われます。オープンなもの・クローズなものがありますし、詳しくみれば色々それぞれあると思います。ボレロやガフィエラなんかは見た目はタンゴにとてもよく似ています。

タ)タンゴで普通に見られる密着したクローズなアブラソについては、サルサの人から見るとあまり踊りたくもない相手とあの密なアブラソをやれるのが信じられない、というのをたまに聞きます。さきほどもタンゴヌエボと書きましたが、ヌエボやモデルノと呼ばれる結構オープンなタンゴもサルサの人には意外と知られていない気がします。

☆この違いをどう考えるか

ラ→タ)あまり違いはないのですが、タンゴくらいのクローズなアブラソだけは、他にはバチャータのデモダンスくらいでしか見たことないくらい始めは抵抗があるものかもしれません。全くダンスを何もやったこと無い人よりは、ラテンダンスをやっている人の方が受け入れやすいかもしれません。ラテンのあの、オープン⇔クローズな着脱感みたいなものが、サロンタンゴにも感じられる人もいるようないないような。

タ→ラ)タンゴの人がアブラソで苦しむことは無いでしょうね。



<魅せ方・アドリブ>・・・×(かなり違う)

ラ)リーダーとフォロワーが単独で自由に踊るようなことがあります。そういう意味でラテンバーのダンスはタンゴと比べて開放的だと考えられます。サルサのシャインや、ズークの女性の髪の毛の舞を見たことがありますか?踊っている同士がお互いに視覚的にアピールする機会があるのが特徴。ラテンバーから離れても、セビジャーナスやフォルクローレの魅せ方に見られるようなアレです。

タ)ショーダンスの振り付けはともかく、サロンダンスでは視覚的なアドリブよりも音取りのアドリブが重視される、と言って間違ってないと思います。相手がどんなきれいな風貌であってもたいして意識しませんが、音取りと動きから間接的に伝わってくるものが何よりも魅力だと思います。ショーダンスについては簡単には語りつくせませんが、またそれ独自の良さがあります。

☆この違いをどう考えるか

タ→ラ)ラテンの中に見られる、同じ一曲の中でオープンとクローズを切り替える着脱感みたいなものが心地よさだったり官能性だったりするかもしれません。それぞれのダンスの魅せ方についてももっと探求していきたいです。特にズークが開放的だといわれる理由は、習った初日に理解できると思います。

ラ→タ)タンゴで一番誤解が大きそうなのがこのへん。ショーダンスのタンゴの印象が強いのか、ド派手なパフォと官能的な衣装そして重厚な音楽が印象付けられているかもしれません。地味にしようと思えばどこまでも地味にできるタンゴのよさをどう感じてもらえるかな?



<リードとフォロー>・・・×(かなり違う)

ラ)左右のリードはどのダンスも近いと思われますが、前後の動き・回転などのリードはあったり無かったり違ったり、それぞれ独特なところがあります。というか、まだそこまで語りきれないので、こんなところで。

タ)ピボット・踏み替え、をあくまでもリードで行うというのはタンゴの特徴だと思います。タンゴの場合、アドリブ主体でステップが作られていくので、ちゃんと理にかなったリードとフォローが出来ないと相手も辛いということがあると思います。またここが差の原因になっているとは思います。

☆この違いをどう考えるか

タ→ラ)ガフィエラみたいにタンゴと似ているけどピボットやLODやなんかよく分からないけど細かいところが違うところなどもあったり、たぶん過去にタンゴも経験しているか察知してくれる先生に習うのが良いかもしれません。私にとってはタンゴ経験もある他ダンスの先生の言うことはとても理解しやすかったです。そうでなければ、ダンス未経験者の方が似ているダンスをやってきた人よりも早い部分もありそうです。

ラ→タ)同じように、どういうダンスであろうと、全くのダンス未経験者を相手にする教え方よりも、その過去の履歴を察知してくれる人の方が良いのでしょう。



5)フロアシステムの違いについて

実はあまり研究したことが無いので分かりません。有識者のお知恵をお借りしたく。
サルサとタンゴでどのような違いがありましたっけ?

<座席>・・・△(やや似ている)

ラ)基本的にそんなに差はないと思いますが、踊りもそんなに大きくないしフロアのあちこちを駆け巡るダンスというわけでもなさそうなので、踊る前に雑然としていても本来あまり構わないと思うのですが、1曲ごとにフロアクリーニングの考え方が徹底しているような気がします。カップル席とかあるのでしょうか?

タ)タンゴはダンスフロアの対流?があるダンスなので、人数とフロアの大きさと座席の位置は結構神経質に計算します。タンゴでは、男性席・女性席と分かれている場合があります。


<明るさ>・・・○(とても似ている)

ラ)日本では比較的暗くします。ダンスによってどういう経緯があるのかは分かりません。

タ)日本では比較的暗くします。ブエノスアイレスでは比較的明るいようですので、日本で暗いタンゴイベントが多いのは、社交ダンスではなく、クラブイベントの影響の方が強いのでしょうか。


<誘い方>・・・○(とても似ている)

ラ)サルサの誘い方って皆どんな感じですか?他のダンスは? 私の印象では、割とフレンドリーに手を捕まえて誘ったり、目の前で誘ったり、目で少し離れたところから誘い合う人もいるかな?エスコートは見られません。

タ)タンゴではだいたい似ています。


<その他エチケット>・・・△(やや似ている?)

ラ)他のダンスではどういうエチケットを気をつけますか?

タ)タンゴでは、やっぱり密着するので口臭・雑菌臭・たばこ臭・汗などは最低限気をつけます。セクハラなんかの感覚は少しサルサダンサーなどと感覚は違うかも。


6)ライフスタイルの違いについて

<習い始め→中級者>・・・×(かなり違う?)

ラ)他のダンスを長い間やっている分けではないのでちゃんと書けませんが、少なくとも習い始めでは、パーティで楽しむことが第一として、楽しめるためのとっかかりを教えてくれる先生が多い印象があります。次に中級者としては、次にどこを目指すのでしょうか?パフォとか?ぜひ他ダンスの方にご意見を伺いたいところです。

タ)タンゴは歩くこと以外にとりたてて明確なステップが無いので、自分で音からステップを作れるようになるまでの敷居が高いと思います。もう誰もが初心者はタンゴを楽しめないという前提で何もかも行われている気もします。そのせいか、本当に初心者向きのイベントというのはタンゴでは少ないですし、今既にタンゴを踊れる人にとっては初心者の苦悩なんてのは過ぎ去ったことであるかのように置き去られます。初心者が楽しむ為の畑というものを皆で考えたいところです。これはタンゴの人にお尋ねしたい。韓国では定期的に行われているようなビギナーズ・ミロンガ?こんどチノミホがやりますけど、そんな企画が大切かなぁ。

☆この違いをどう考えるか

タ→ラ)おそらくタンゴの人にとっては、音楽性やリードや「4拍」の悩みが解決するのであれば他ダンスを楽しみ始める土台はたくさん広がっていることと思います。

ラ→タ)他ダンスからタンゴを体験できるのはミロンガ前レッスンがありますが、そこから実際にミロンガへの壁はなかなか高いと思います。そういう橋渡しができるような初心者向けイベントなどがこれから増えるといいなと思います。


<演奏・歌・ルーツ>・・・?(?)

ラ)ラテンのみなさまは、歌とか演奏とかどのくらい興味があるんでしょうか?そういう接点はありうるのでしょうか? サンバでは歌・演奏・踊りの「三位一体」を楽しんでいる方がいます。ルーツを探るという意味では、やはりそれぞれのダンスで探ってらっしゃるのではないかと想像していますが、いかがでしょうか?

タ)演奏について、最近ダンサーのみなさんが神経質になってきた気がします。とてもいいことだと思います。私たちはタンゴでの「三位一体」というところを探している最中ですが、歌についてはスペイン語ということもあり、なかなか自然な接点は作れません。


7)既に行われている交流、そしてこれから。
個人的に思うには、異なるダンスとの交流のポイントだと思うことは、

① 体験してもらうこと!
→ 見るだけ聞くだけよりも、やっぱり体を動かしてもらう
e.g. 超初心者レッスン、体験レッスン

② 体験すること!
→ 自らが外との接点を探していく

③ 初心者の楽しみの場を提供すること!
→ 始めたい、と思ってくれた人の楽しみの場を作っていく

ということだと思います。


昨日は、友人のランスロットさんが主催する、ラテンイベントに顔を出して来ました。

ラテン コラボラシオン
http://www.laticola.com/


70~80人くらいいたのかな?
沢山の色々なダンス出身の人、もしくはダンスは始めての人などが集まっていて、
そんな中で、あや先生がガフィエラの体験レッスン、天野先生がタンゴの体験レッスンをやっていました。

こういうラテンダンスでの異文化交流は、もともとそういうことを楽しいと思う人が集まっているということもあり、
本当にみんな楽しくタンゴも体験してくれます。

他には毎週土曜にセキヤさんが G-BOX でやっている「宴」のイベントもおススメです。
こちらは週ごとに違うダンスがメインです。 ☆ガフィエラ→ズーク→サルサ→タンゴ


個人的には、
もっと「レッスン屋台」的なコラボレーションや、ライブなどと連動した集いもあっても良いかと思っています。



そして最後に繰り返しになりますが、
特にタンゴ出身の人が他のダンスに挑戦する、
ということがやはり現状あまり例が少ないです。

他のラテンダンスの人をタンゴに取り込むことだけでなく、たとえアマチュア主導であっても、もっとタンゴの人が他のダンスを楽しむための試みを進めてくれたらいいなと、個人的には思います。


日本においても、他の文化と互いにレスペクトしあえるような関係は、やっぱり誰かが築いていかなければならないものだと思います。多分それは、我々のような地球の裏側の人がラテンの文化をレスペクトしていけるかという話のような気もしています。


今タンゴにも、縦(ダンスの深み)と横(ダンスのつながり)の充実感が求められていると思います。

2011年2月1日火曜日

タンゴの分類

なにやら難しいことを書こうとして行き詰ったので、とりあえず皆さんに見てもらって叩いてもらおうとおもって、とりあえず書きます。


ロジェ・カイヨワ(=フランス:社会学者)という人が『遊びと人間』という本の中で「遊びの分類」というものを書いています。


で、その「遊びの分類」というものを使って「タンゴの分類」を探る、という危険な話に入る前に、個人的な前置きをしておきます。

タンゴというのは文化として時と共に変化してきたものであって、人によってはルーツのことをさす人もいれば、歴史的な成り行き全てをさす人もいれ ば、現在の姿や自分の感じているものをさす人もいたりするものであり、アルゼンチンの人からすれば生活の一部であったり、はたまたハレの舞台であったり、 そしてそれは民族の証であったり、芸術であったり、コミュニケーションツールだったり、スポーツであったり、収入源だったり、コレクションだったり、憂さ 晴らしであったり、癒しであったり、懐かしむものであったり、穢れていてフタをしたくなるようなものだったりするということでしょう。

「タンゴ」とは何?と言って誰も答えられないものなので、タンゴを分類しようとみたところでたいした成果はないと思いますが、最近は「タンゴ」と いうものをいろんな人がいろんな意味に使っていて、しょうもないことでぶつかりあって、いつまでも分かり合えないままになっていて、ただでさえ生き証人が 一人減って二人減ってといくこのご時世であるから、自分の立ち位置やお互いの距離感、そして先駆者や先生方や新しいことをやろうとしている人を理解するた めに、何かしら整理しはじめてみようではないかということです。


そういう前置きがあって、自分なりに思いついたのが、「遊びの分類」というものを使って「タンゴの分類」を考えてみよう、ということです。

そもそも「タンゴ」は「遊び」なのだろうか?ということがあります。


☆遊びとは

このカイヨワという人が挙げた「遊び」というものは、『ホモ=ルーデンス』で有名なホイジンハという先人の知恵をベースとして、次のような 6 つの活動のこととしています。

1) 自由な活動・・・強制された活動ではないということ
2) 分離した活動・・あらかじめ定められた厳密な時間および空間の範囲内に限定
3) 不確定の活動・・あらかじめ成り行きがわかっていたり、結果が得られたりすることはない
4) 非生産的な活動・財貨も富も、いかなる種類の新しい要素も創り出さない
5) ルールある活動・通常の法律を停止し、その代わりにそこだけに通用する一時的な約束に従う
6) 虚構的活動・・・現実生活と対立する第二の現実、あるいは、全くの非現実という特有の意識を伴う

ご存知の通りで、タンゴには商業的な側面や学術的な側面がありますので、完全には「遊び」といいきれずに生産的だという性質は忘れてはいけません し、何より現地の人々にとっては生活そのもの、そして現実であるということもまた、タンゴの側面であります。だから、タンゴを「遊び」として考えるとき は、そういう事を弁えて慎重に考えなければなりません。ちなみにホイジンハが「遊び」の反対語として挙げている言葉は「真面目」でした。


☆遊びの分類

肝心な「遊びの分類」は4つに分けられていて、難しい名前ではあるものの、次のようにイメージは分かりやすいものです。

A) 競争(アゴーン)・・・筋肉的性格の競争(スポーツ)と頭脳的性格の競争(パズル・チェスなど)
B) 機会(アレア)・・・・遊ぶ人から独立の決定、遊ぶ人の力が全く及ばない決定を基礎とするもの(サイコロ・ルーレットなど)
C) 模擬(ミミクリー)・・閉ざされた約束事に基づき、自分自身が幻想のなかの登場人物となり、行動すること
D) 眩暈(イリンクス)・・一瞬だけ知覚の安定を崩し、明晰な意識に一種の心地よいパニックを引き起こそうとするものである。


そして、もう一つの概念として、パイディア ⇔ ルドゥスという度合いがあって、簡単に言えばルールで縛られるかどうか?みたいなものです。ルドゥスの方が、ルールでガチガチになっている方です。詳しくは下のページを参考にしてください。

雑誌『談』編集長によるBlog [パイディアとルドゥスという軸は何を示しているのか。]  
http://dan21.livedoor.biz/archives/50441223.html


□「競争」としてのタンゴ

本当か嘘か知りませんが、港町でタンゴが生まれたころに売春婦を取り合うために男がタンゴを踊りあって競争したとかしなかったとか。日本でタンゴ が一世風靡したころのキャバレーではタンゴが一番のトリをつとめていて、一番おいしい思いをするためにタンゴをうまく踊ったとか踊らなかったとか。そし て、最近は選手権のようなものにみんなが夢中ですね。

おそらく生まれた頃のタンゴに見られる競争は、かなり原始的なパイディアな雰囲気があってさながら、オスのペンギンがメスを探しているのと同じよ うな感じだったに違いありません。それが時と共に段々洗練されて、選手権みたいなことになって、「タンゴは優劣をつけるものではありません」と皆言いつつ も、今に至っては、大きな流れとなっているのは間違いありません。ちなみに、検定試験みたいな類のものもありますが、選手権とは違って「競争」というよりは後述の「模擬」に類するものだと思います。

今後見られるであろう「競争」の形態としては、筋肉的な競争と頭脳的な競争の極限でしょう。たとえばずっと昔妄想したのは、以下のようなアホみたいなものでした。しかしながら、果たしてそこにタンゴはあるのか?
http://mixi.jp/view_enquete.pl?id=4022469&comm_id=471691
http://mixi.jp/view_enquete.pl?id=11313470&comm_id=471691


□「機会」としてのタンゴ


カイヨワも言っていますが、機会(アレア)というのは(他の動物には無い)人間ならではの高級な遊びだそうです。ランダムで無秩序なところを楽し むということですが、おそらく場末で誰かがギターなんかで歌いだした曲でたまたまそこに居合わせた人と人が踊りだす、という原始的なサロンというのが思い つく限りの「機会」の楽しみです。タンゴの持つ一期一会の楽しみだと思います。そして、今では少し秩序立って、DJのような人がいてミロンガのような催し が楽しまれるわけです。これ以上のルドゥスは私には思いつきませんが、いかがでしょうか。また、タンゴ・ヌエボに代表されるように、形式を破壊して楽しむ タンゴもあります。これはそれなりにパイディアな気がします。

今後見られるであろう「機会」の形態としては、一期一会の極限と、ヌエボな極限(ムーブメントや音へのレスポンス)でしょう。面白いと思う人がや ればいい、ただそれだけだと思います。しかしながら、果たしてそこにタンゴはあるのか?


□「模擬」としてのタンゴ


真似して喜ぶ、というのは、ミラーニューロンなんかの話も流行っていますが、猿とか鳥だけじゃなくて虫けらにも見られる遊びです。一番の原始的な「模擬」のパイディアは、とりあえず格好いい踊りや 弾き方を真似てみる、歌を真似してみる、というところから、セッションの喜びなどもあったことでしょう。おそらく港町で見られた合唱や合奏の盛り上がり は、タンゴ初期にも関わらず早い発展を見せたので、これが黒人奴隷+西洋器楽の作り上げた奇跡なんでしょう。レコードとして配布されたタンゴが、コレク ションとしての「模擬」、そして形式を模擬して新しいものの需要を作りあがられていったということでしょう。演奏スタイルやダンススタイルというものは言 うまでもなく「模擬」でしょう。そこからオリジナリティを生み出すところはまた別の楽しみかもしれません。それから、忘れてはいけないのは、仮面・変装と しての「模擬」もあります。非日常・非現実を楽しむところも「模擬」でしょう。カイヨワが言っていますが、「模擬」は「競争」と結びつきやすいようです。

今後見られるであろう「模擬」の形態としては、タンゴスタイルのようなものがどんどん名乗り出されるのか、ルーツタンゴの追求か、はたまた非日常 タンゴの追及か、そして、やはり選手権は模擬テストになっていくのか?そして、果たしてそこにタンゴはあるのか?(ついつい最後に毒を吐くくせがついたみ たいです。この場を借りて関係者には予め謝罪しておきます。)ルーツタンゴの追求、良いじゃない。もっとみんなでタンゴセッションみたいなものもやってみ たいでしょう。あ、でも重要なことが埋もれています。サロンを楽しむというところをもっと追求していくのは「模擬」の遊びですから、そこに期待したいで す。カイヨワの定義にある、「演劇」やスペクタクル芸術としてのタンゴが今後芽生えるかもしれません。


□「眩暈」としてのタンゴ


「眩暈」という言葉が強い印象があるので誤解されそうですが、カイヨワによって、パイディアの例に挙げられているのが子供のくるくる回りや回転木 馬、ルドゥスの例に挙げられているのがスキー・登山や綱渡りだそうです。そして中間に位置づけられているのがワルツを踊る、という行為だったりします。原 始的な「眩暈」はどういうものだったか、ミロンガが秩序立つ前の粗野なサロンはかなりの大技が繰り広げられていたそうですね。パッと思いつくでしょうが、今のショーダンスなんてのは「眩暈」に分類されるも のなんでしょう。「機会」にも挙げましたが、タンゴ・ヌエボなんかも新しい「眩暈」ということでしょう。トランス状態という意味で、クラブのようなところ で音楽的な眩暈を追求してみるのも面白いです。

今後見られるであろう「眩暈」の形態としては、単純に考えれば体操・スポーツとしてのタンゴの追求ということになりましょう。音楽としての「眩暈」、そして雰囲気的な「眩暈」を追求していくというのもあるでしょう。しかしながら、果たしてそこにタンゴはあるのか?



未整理で申し訳ありませんが、勝手ながら個人的には書いてみてかなり頭がすっきりしてきました。もっときっちりまとめられる方、大募集です。そしてさらに新しい可能性を見出せる方は各自新しい可能性を追求してください。私はもっとルーツを追ってみたいと思っています。

2011年1月22日土曜日

タンゴの間

空間的な間、時間的な間。

ギターを習ってみて感じたこと。
ギターで作った音楽にはギターの間がある。

サンバを習ってみて感じたこと。
サンバ・ノ・ぺが作った音楽にはサンバ・ノ・ぺの間がある。

日本の古来音楽だって、タンゴだって、フラメンコだって、由来があるものには、そういう間があるはずだ。


そういうものが大事。


そしてそれを解釈する側がどう感じてどう思うか。

日本人だから日本人ならではの生活や言語による学習にもとづく生理的な反応は覆せない。
無理に真似しても心技体が一致しない。

日本人だからタンゴはやるなと言ってる訳ではないが、ブエノスで起きていることを形だけ真似するのは、結果から見ると格好悪い。

日本人らしい表現があって然るべきだと思う。



角田忠信さんという人の書いた「日本人の脳」という本には良いことが書いてある。ある音を右脳で捉えるか、左脳で捉えるか。母音優勢の言語かどうかが一つのポイントだそうだ。

日 本語とスペイン語は、どちらも母音主体の言葉だから、感性が一緒なんじゃないかとも思うが、あのフラメンコの歌声もタンゴも日本の演歌もそれぞれ明らかに 違う間があり、違う表現がある。言語の作りだけでなく、生活習慣や古来の文化が溶け込んでいるから、そんなものはよそ者には分からない。


最近タンゴをクラシックぽく優雅に軽やかに弾いたり、量産型のダンススタイルのような謳い文句で形だけ教えたり、実につまらない。

あれは社交ダンスみたいなもので、形式を楽譜やステップ表記のようなもので伝承効率を上げることに重きをおいているものだ。


タンゴを普及するというときに、そういう効率の良いものをやるのは簡単だが、もっとブエノス古来の本質をもちこむことはとても難しい。ブエノススタイルを形だけを真似て大成できる人は一握りだし、そこに疑問を感じるのが日本人として当たり前なんだと思う。
そして日本人としてタンゴをソシャクしていくことが、本当はタンゴの真の普及なんだと思う。

2010年11月17日水曜日

タンゴ寿司

今週いろいろ考えたことをまとめて、
タンゴ寿司を作ってみました。


1.はじめは、何だかモヤモヤとしていました。

タンゴの元となるものは、ブエノスアイレスの場末な港町で生まれたといわれています。

2.やがて、タンゴ寿司のしゃりの部分が生まれました。

ギターやバンドネオン、そして男と女を主人公として、タンゴとして形作られました。

3.タンゴ寿司が大きくなる糧となるネタができました。

劇場での演奏や、レコードの配布、歌詞の大衆化などによって、タンゴが普及しました。

4.タンゴ寿司はどんどん大きくなり、黄金時代を築きました。

ブエノスアイレスでは多くの人がタンゴを楽しみました。

5.タンゴ寿司は、今でも大きくなっています。

いまやタンゴはアルゼンチンだけでなく、世界どこへいってもあります。





外伝(日本編)1:タンゴ寿司は日本にもやってきました。

音楽、ダンス、それぞれの伝道師がやってきて、日本にも根付きました。

外伝(日本編)2:日本ではタンゴ寿司のネタが大きくなりすぎました。

日本ではみんなちょっと商売っ気が走りすぎました。

外伝(日本編)3:でも今ならきっと大丈夫!日本のタンゴ寿司をこうしましょう。

日本にタンゴの楽しみが伝わって、日本でもタンゴが普及していくかも。

2010年11月14日日曜日

ソウルのミロンガと東京のミロンガ

今週はじめにソウルに行ってきました。
3泊4日の短い旅行でしたので、3箇所しかミロンガに行けませんでした。

なるべく普段着のミロンガinソウルを見ようということになりました。

前日までタンゴウィークがあったことと、立て続けに香港でタンゴウィークがありソウルからダンサーが流出していたこと、2点があり、必ずしも普段着ではなかったことと思いますが、いくつか目についた差異があったのでインタビューを交えて分析をしてみました。

正直ソウルのミロンガがどんなところか、なにやらストイックに黙々と踊る人が多いらしいという噂を聞いていましたが、結果的にぜんぜんそんな感じではなく、一言でいうと、ブエノスよりもブエノス風な感じ?

そういえば、10年くらい前にファンギダがアーツシティをはじめた頃の雰囲気も、こんな感じだったかもしれません。東京のミロンガは今何故こうなっちゃったか?考え時かと思います。あるミロンガ主催者に言われていましたが、本当に危機感を持ちました。


A) 同じこと、違うこと

(同じだと思われること)
 +毎日ミロンガが開催されている
 +複数の場所でミロンガが開催されている
 +仕事帰りの人でにぎわっている

(必ずしも東京ではそうではないこと)
 +コルティナがかかる
 +タンダで類似した曲が分けられている
 +選曲は40年代~50年代がほとんど
 +入場料は1000円以下である
 +DJが誰であるか分かる
 +DJに薄謝を払っている
 +店長とオーガナイザーは違う
 +オーガナイザーとDJは違う
 +生演奏がない
 +デモがない(一部のミロンガではあるらしい)
 +英語で会話できる
 +男性が女性の前に行って踊り始める

(違うこと)
 +初心者が見当たらない
 +ぶつからない
 +ちゃんと反時計回り
 +追い抜かない
 +踊り終わったあとに、エスコートして戻る
 +明るい
 +全ての人が平等に同じ金額を払って入場する
 +ドリンクやスナックのセルフサービスではない
 +20代・30代がほとんど
 +カベセオに女性が応じる
 +女性は目線で合図を送ることがあっても、誘いにいかない
 +カップルで参加する人が少ない


B) 初心者が何故見当たらないのか?

そこで、居酒屋でソウルの熟練ダンサーに聞いてみました。
二つ理由がありそうです。

・初心者には8週間程度で基本を教わる、速習コースがある
・初心者向けのミロンガある

技術だけでなく Codigoを叩き込まれるらしいです。
だから、技術だけでなくそういうところを大事にするダンサーが多かったですし、だめなものにはNOと言える雰囲気がありました。
東京で踊っているのと同じように踊ると、ブーイングくらう事間違いありません。

ただし速習コースと言っても、ソウルには「タンゴの先生」という職業がないらしいので、ベテランダンサーが手取り足取り教えるらしいです。


C) 東京の言い分

とはいえ、東京はソウルのミロンガよりもいくつかの点で多様化が進んでいると考えられるので、
差異の要因となりそうな、ソウルと東京との背景の違いを、私の独断と偏見でピックアップしてみます。

・東京は物価が異常に高い
・東京には職業ダンサーが存在する
・東京は他の娯楽も高い
・パフォーマンスを楽しむ人が多い
・カップル化が進んでいる
・ダンススタイルが多様化している
・いわゆる黄金期以外の曲でも踊りなれている
・古典タンゴや新しいタンゴを普段から聴きなれている
・他ダンスとの交流が進んでいる
・社交ダンスのサロンが浸透している
・時間とお金に余裕のある定年後の世代が多い
・時間とお金に制限のある主婦が多い
・タンゴ楽団が多い
・DJというよりCDをかけ流すミロンガが多い


D) ソウルのダンサーに楽しんでもらえそうな東京のミロンガ

ソウルのダンサーに、東京にも踊りに来てくださいと言ったものの、
よくよく考えてみたら、ソウルの人が楽しめるミロンガって、東京にあるのかな?
と、思わず言葉に詰まってしまいました。名古屋がお勧めだよ。と思わず言ってしまいました。

・価格とスタイルが近いミロンガ
・デモや生演奏が入ったミロンガ
・プロの先生が開催しているプラクティカ

みたいなところを吹き込んでみましたが、
もっと開催趣旨などを明確に表記していくのは、私のようなカレンダー屋の仕事でもあるかなと。


E) ソウル化へ向けた個人的な提案

初心者向けの速習コース、
ぜひプロの先生方にもっと力を入れてほしい分野です。

速習レッスン、お知らせ頂ければ、カレンダーに目立つように掲載しますので
post@fantango.jp 宛か、mixi メッセージでお知らせください。

ベテランの方でも断片的に抜け落ちている Codigoの講義なんかウケルような気もします。



☆ソウルのミロンガ

ちなみに、足を運んだのは以下の3つのミロンガです。

1日目(月曜日) El Tango Cafe http://goo.gl/maps/5vBF
2日目(火曜日) Tango O Nada http://goo.gl/maps/XLgG
3日目(水曜日) El Bulin http://goo.gl/maps/jzNw
他に、Tangueria del Buen Ayre、Atanicheという有名なミロンガがあるそうです。

2010年10月15日金曜日

タンゴのDJに思うこと’2010

前置きはさておき、
タンゴのDJというのは、なかなか奥深い。


そもそも他人の心の奥底をのぞいて、
あそこで踊っている二人の踊りたい曲をかけてやろうなどと
おこがましい野望を抱いてはいけない。


曲と人を知る、そしてタンダを知るということではないかと、今は思う。



<曲と人を知る>


2008年のはじめに「バイラブレ仮説」というのを書いていた。

バイラブレ仮説
http://sacadaenborde.blogspot.com/2008/01/blog-post.html


ここで前置きで述べていることが、少し最近見えてきた。

「踊りやすい」という表現は主観的なミクロな概念であって、
本来一概にどれがどうという話は出来ないはずなのに、
なんとなく共通認識として「踊りやすい」というマクロな概念となる。


どういう人が、どういう曲を、どういう風に聞くか。

現象は少し具体化する。


今考えているのは、次の3つ。

1.適度に、単調な曲




まったくの初心者はメトロノームが一番踊りやすいだろうが、
それなりに踊れる人は、複雑すぎず、単調すぎず。というラインに落ち着くだろう。


2.適度に、動きやすい曲





簡単のため、テンポだけの話にしている。
タンゴの曲平均的には、「半拍で一歩」「一拍で一歩」の感覚がとても大切だと思う。


3.適度に、聞きなれている曲


聞きなれていること。
というのは、それこそ完全に各人の経験なんじゃないかとも思えるが、
私はこう考えることにしている。

ある人があるミロンガに行くということは、
それなりに、そこのミロンガの選曲傾向が好きで、そのへんの音楽に聞きなれているものだ。


補足:日本のミロンガを見ると、このような3タイプがあるんじゃないか、という図。


この人は、あのミロンガでよく見かけるから、こっちの選曲が良いかもしれない。
でも、踊っている相手は、あちらのミロンガで見かけるなぁ。はて?どっちにするべか?

などと延々と思考を続けて、やがて考えが収束するようなところが、ねらい目だ。



<タンダを知る>

さて、短めにまとめるつもりがすっかり前置きが長くなってしまった。
なので、以下、尻切れ気味。


DJやタンダについての文献は多々あるのだが、
基本的なポイントは踊りと同じで、サプライズばかりじゃ疲れるし、無難すぎるのも飽きる。


最近いろいろ試行錯誤してみて、次のようなタンダの分類ができるのではないかと勝手に提案する。


1) Wake-up! Tanda(仮)


「そろそろ起きなさい」という意味を込めて命名。

靴を履いたり、体をほぐしたり、挨拶をしたり。
入場から15分は、なんだかんだ言って割と気分が乗らないもの。

そんな時にかけるタンダ。
あ!踊らなきゃソンソン。
動き出すきっかけになりそうな、会話を殺さない明るめの曲で、有名な曲を重ねるのがよさそう。

メロディ重視よりも、リズム重視の方がよさそう。



2) Transition Tanda(仮)

傾向を変えるときのタンダ。
で、命名。

違った傾向のタンダに速やかに移りたいときや、
生演奏・イベントなどが挟まるとき。

少し、今までと違うシグナルを混ぜる。

展開によって、選曲もいろいろ。
個人的にはトリオとかカルテットくらいの軽奏が好き。



3) Breathy Tanda(仮)

とにかく、動きたい!
そういう輩がいるかどうか。よく見ていないといけない。

いるなら、とにかくハァハァ言わせてしまおう。ほととぎす、ってことで時々使う。

カンドンベとか、速いワルツとか、フォエバータンゴやコロールタンゴみたい系統もこれかも。



4) Calm-down Tanda


しっとりと行きましょう。
メロディ重視の曲とか、30年代前半よりも古い感じ

エレクトリカなんかは、実は割りと落ち着いたりするので、使いどころかも。

生演奏の後なんかは、場合によっては一旦冷やす。



5) Collector's Tanda(仮)

日本だけじゃないと思うけど、
「今日は何だか持ってる曲ばかりで面白くないね」とかいう方がたまにいる。

そういう人には、基本的にコレクションでは適わない。
適度に、コレクター嗜好のミロンガでよくかかる選曲をちりばめよう。



6) Degeneration Tanda

縮退傾向のタンダ。とでも言うべきか。

そろそろムードを変えていきたい、とか、そろそろ客層を若めに。

などと狙っていくよりも、不本意にこういう事態が発生していることが稀に見られる。

明らかに、一部の客層の逆鱗に触れるタンダ、しかも4曲。
ということで、一部の人たちに、ほたるの光がかかっている気分にさせてしまうタンダ。



7) Last Tanda


ラストタンダは永遠に。

とにかく、残っている人向けに、とっておきの玉手箱。


個人的には最後にクンパルは大嫌い。
かと言って途中でもかけづらい。




具体例は、またの日に。

2010年7月31日土曜日

特別寄稿『ブエノス風ミロンガ』
日本のミロンガにカベセオを取り入れる試みについて。10TANGOリニューアル特別企画。


10TANGO.COMのリニューアルを記念し日本のミロンガの現在にカベセオ(Cabeceo)を取り入れる試みついて、日本でアマチュアながらイベント・オーガナイザー、ダンサー、ミュージシャンとしてタンゴ界を見つめる阿部修英氏が記事を特別寄稿。

【特別寄稿:ブエノス風ミロンガ】


タンゴを愛する皆様、こんにちは。

2010年7月31日に「ブエノス風ミロンガ」というミロンガを開催しました、阿部修英と申します。


「ブエノス風ミロンガ」は、第1回を今年3月1日に田園調布で開催し、今まで日本では馴染まないと考えられていた カベセオ(目で相手を誘い合う風習)をゲーム感覚で取り入れた新しいミロンガとして大きな反響を呼びました。今回は、さらに少し工夫をこらして、第2回です。


ミロンガというものはブエノスアイレスで生まれたものですが、何故わざわざ「ブエノス風」と呼ぶのか?という方もいらっしゃるかもしれません。それ から、そもそも今は多様化しているタンゴを「ブエノス風」などと一括りにするのは不勉強だという方もいらっしゃるかもしれません。


■『ブエノス風』とは?

この企画「ブエノス風ミロンガ」で表現したい「ブエノス風」なミロンガとは、ブエノスアイレスにおけるミロンガの風習のうち、敢えて日本では浸透し ないと考えられているものをゲーム感覚で取り入れたミロンガとお考えください。ブエノスアイレスで行われているものを、ただブエノスアイレスのものだから と受け入れるのではなく、何故それがブエノスアイレスで行われているかを皆で考えていきたいという意味での試行実験です。


日本でアルゼンチンタンゴと言えば、古くからタンゴ音楽・歌謡曲としてのタンゴ歌曲がクローズアップされ、一方でタンゴダンスといえば、そのような コンサートの途中で踊られる派手なショー的なタンゴが、圧倒的に多くの人に印象付けられてきました。もちろん、サロンとして踊られるタンゴもありました が、どことなく以前から日本人に馴染みがあった社交ダンスに似た様式やマナーが取り入れられてきました。アルゼンチンから持ち帰られた「タンゴ」は、それ ぞれの形で日本人にあった形で発展してきています。


近年の日本のミロンガを雰囲気で分類するならば、①小さな空間でホームパーティのような雰囲気を楽しむミロンガ。②お昼や夕方などに開催される、カ ジュアルな雰囲気で気ままに踊るミロンガ。③ホテルのラウンジやクラブなど、都会的な非日常を演出することでエレガントさを強調するミロンガ。①~③それ ぞれでドレスコードや雰囲気はかなり異なるものの、様式やイベント内容は画一的であり、マナーについては一概に海外に比べてかなりラフです。選曲について はタンダやコルティーナを組まないミロンガが一般です。


あまり評判の良くないマナーに関して、海外から来るダンサーが困惑することの一つに、ミロンガにおけるダンサーの誘い方があります。日本では、海外 のどこのミロンガでもあることですが、誘う際に相手の目の前まで行って誘います。ただ日本人の性格的な問題もあるのか、踊り相手から誘われても「お断り」 することは稀です。それだけに、基本的に断られないことを前提に行動するダンサーも多く、場合によっては承諾も得ないまま相手の手をとって踊り場まで引っ 張って行ったり、目の前でOKするまでずっと待っていたりする場合もあります。このようなこともあり、誘うときには一般に必ずしも誘われた側が希望する相 手ではなくても踊りが成立しています。また、踊り終えた時に女性をエスコートして帰るようなことも稀です。


近年、日本のタンゴ演奏者やタンゴダンサーが海外でも活躍すると共に、ブエノスアイレスなど世界のタンゴについての情報が日本にも詳細に伝わってく るようになりました。私の身近にも、タンゴの全体像や本質、演奏についての好みや曲の歴史についての議論、そしてミロンガについても、選曲、誘い方や踊り のスタイルやマナー、服装、雰囲気などについてなど、より多様な目線で良い物を追求しようという機運が高まってきているようです。




■カベセオ


そんな中、「ブエノス風ミロンガ」が「踊りたいと思う曲を、踊りたいと思う相手と踊れるような仕組み」として注目したのが、ブエノスアイレスの一部のミロンガで採用されているカベセオという合意のプロセスでした。

+「ブエノス風ミロンガ」の舞台づくり

桑原和美先生がカベセオが行われる様を表現されています。

「部屋の隅と隅に座った男女が、赤い糸で結ばれているかのように近づいていき、踊り場でめぐり合う」

そんなロマンティックな情景を、私たちは思い描きながら、今回の舞台を作りました。

このミロンガでは、日本の通常のミロンガでは行われない風習カベセオを採用していることで、相手との接し方がいつもと大きく変わりそうです。カベセ オを如何に成功させるかということ、そしてカベセオで男女がめぐり合った瞬間を、如何に美しく演出するか?そこを徹底してこだわることにしました。

カベセオを成功しやすくするために「ブエノス風ミロンガ」では、日本のミロンガでは今まで見られなかった二つの工夫をしています。

一つ目は、座席を男性席・女性席に分けたという点です。かなり極端な座席になりますが、これはブエノスアイレスで実際に行われているミロンガのレイ アウトを参考にしました。二つ目は、日本独特のワイン置き場を男女別に配置した点です。ミロンガの片隅にワインやソフトドリンクなどが置いてあることは日 本ではよく見られて、海外ではあまり見られないことです。日本では、ダンサーの多くがワイン置き場にたむろして、そこでもまた断りにくい状況が発生してい ます。この2点で、踊るためには基本的に座席からカベセオをして誘わざるを得ない状況を作ってみました。ただし、前回採用したモッソ(いわゆるレストラン におけるボーイ)については、人手がかかる割りに効果的でないという意見があり、今回は採用していません。


また、カベセオで男女がめぐり合った瞬間を美しく演出するために、次のような5つのこだわりを持ちました。

1.エスコート

今回はゲーム感覚での異文化体験を楽しんでいただくという目的で、カベセオが成立したら男性が近くまでエスコートしにいき女性を誘い、そして、踊り 終えた後にまた元の席にエスコートしに帰るということをルール付けました。後から知ったことですが、日本以外の海外のミロンガでは、このような光景は日常 的に見られるそうですね。

お客様が入場する時には、私どもスタッフが座席までエスコートさせていただきました。

2.選曲

選曲としては、Orquesta Tipica VictorのAdios Buenos Aires、Osvaldo FresedoのBuscandote、Jose Garcia の Esta Noche de Lunaなど、古典タンゴの中でも比較的明るい曲調で、日本の皆さんにも馴染みのある曲を中心にセレクトしました。コルティーナの長さとしては、エスコー トの時間を考慮して、少し長めの1分5秒(曲を1分+空白5秒)と設定しました。

3.色使い・明るさ・アート

日本では、ミロンガはできるだけ黒く真っ暗な部屋で行うものだと考えられていますが、カベセオがしやすい明るさを考慮して、部屋の中をシャンデリア に吊るされた白熱灯でやさしく灯しました。そして、明るくなることで目に入ってしまう、座席など会場の備品に、男性席側を黒、女性席側を赤、カップル席に 青という、色使いで統一しました。

4.一体感・距離感

カベセオを採用したミロンガにふさわしい一体感と距離感を醸し出すための空間作りに徹してみました。踊り場の四方を机で囲い、その距離は出来るだけ近く、男女が見つめあいやすいようにしました。

5.サロンのエチケットに関するルール

最近、日本ではダンスのエチケットに関する議論が盛んになっていますが、今回のミロンガでは敢えてエチケットに関しては言及せず、自然にみなで作り上げる雰囲気を大事にしました。必要あれば次回以降にルールを設けようと思っていましたが、結果的には必要なさそうです。


■ミロンガの様子


ミロンガには主旨をご理解いただいた60人もの皆さんが遠路はるばる駆けつけて下さいました。


一番のイベントにおける懸念点であったカベセオについてですが、「カベセオをする」という意識をもちさえすれば、日本でもカベセオが成立できるということが分かりました。その点では成功と言えると思います。


ミロンガにて今回の企画についてアンケートを実施し、回収率は約50%でした。多くの方が、あのようなミロンガもあって良いかもしれないという意見をお持ちでした。


肯定的な意見としては、カベセオのお陰で踊ったことがない方とも踊ることが出来た、あのシステムのお陰か分からないがフロアーマナーがそこそこ良かった、 「カベセオ」というと誇張しすぎだけれどその精神を活かした方法を取り入れていくと良いかも、席があると落ち着く、フロアー全体が明るくて良かった等々。 否定的な意見としてはやはり誘いずらい、目が合わない、対面はやり過ぎでは、踊る場所が狭い、会議室の机はムードがないというもの。が挙げられました。カ ベセオでなかなか目が合わなくなることについて、「断られた」と感じる方もいれば、カベセオ自体が「難しい」と感じる方もいました。多くの方から、慣れる ことが重要だという意見が得られました。


最近、コルティーナを採用するミロンガが増えてきて、次のような事態が発生してきました。コルティーナで一旦踊り場から座席に戻ることは良かったの ですが、そのタイミングでお目当てのダンサーの元に殺到するようになりました。このような状況に秩序を齎すためにはやはり、カベセオに限らずともカベセオ に見られるような男女双方から合意を得て踊り始めるという心構え、があれば良いなと、一人のダンサーとして思います。そして今後、日本のミロンガでカベセ オが成立するようになるかは分かりませんが、男女が心地よく踊るために、少なくとも合意があるのはもちろんのこと、踊る相手への敬意や共感などがミロンガ 全体に溢れ出すようになると素敵だと思います。次回の「ブエノス風ミロンガ」では、そのような雰囲気を探求していきたいです。





■これからの可能性


今の日本のタンゴにおいては、おおまかに3つのタンゴ普及活動があると考えています。

1つ目は、タンゴへの間口を広げていこうとする活動。このような活動は今活発に展開されていて、既にとても多様なものがあり、どんどん芽を出している活動があると思います。


2つ目は、選手権やパフォーマンス発表会など、技術論や方法論を成熟させる目的の活動です。これらには、明確な共通の指標があって、これに向けて今 多くのダンサーが技術の習得に励んでいます。2年連続で世界チャンピオンが生まれるなど、その活動は世界でも着目されています。


3つ目は、既にタンゴに慣れ親しんでいる人のため、継続的にタンゴを楽しむための土台を作ったり、新しい楽しみの創出をするような活動です。


日本のタンゴに足りないものは、この中で1つ目および3つ目の活動だと思います。特に3つ目の活動については、たくさんの人がタンゴに興味を持って くれた後にタンゴに根付いてくれるために重要な受け皿だと思いますし、それが今はまだ正しく機能していない面があると思います。だから今回のミロンガに関 しても、単にマナーやエチケットを改善したいということだけでなく、何故それを改善したいのか?ということを一人一人が考えていけることが大切だと思いま す。私個人の考えとしては、タンゴをもっと楽しもうとする気持ち、そしてタンゴ自体の面白さを追求していきたいという気持ちがあれば、それは自然に生まれ るものだと思いますし、それは必要以上に束縛を与えるものではないはずだと思います。そういう気持ちを持って、今後も着眼点を少しずつ変えながら、タンゴ の楽しさやエッセンスをアマチュアの立場から追求していけるように、企画を行っていきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

最後に、当日のお手伝いや沢山参考になる情報をいただきました BakutangoのBakuさんTeresaさん、当日のお手伝いやいくつもの建設的なアドバイスを頂きましたサニーさん、ブエノスアイレスからカベセ オに関する動向や雰囲気に関する貴重なアドバイスを頂きました Tangueros Unidos のチノさんミホさん、そして妻の朋子に、この場を借りてお礼申し上げます。


文責:阿部修英



阿部修英氏: 
コミュニティ『fantango.jp』 を主宰。fantango.jp では、日本から世界23ヶ国語で、タンゴを踊る人、弾く人、歌う人のための情報を発信する。
日本では、東京を拠点にダンスの練習会やミロンガの開催、歌詞の勉強会やタンゴに関する座談会などの企画などを行なう。